江川が現役を引退した時、多くの人が「結局、本物の江川を見ることが出来なかった」、と思ったのではないだろうか。
作新学院の江川卓として甲子園に登場した時の衝撃と、プロ野球で見せた江川のパフォーマンスとのズレ。
なで肩っぽく見えるが、がっちりした上半身。下半身は、常軌を逸した大きなお尻。その恐竜のようなフォルムの上に、不自然に小さい頭が乗っていた。
体を少し絞れば、陸上100mでオリンピック代表にもなれるらしい、などどいう噂話もあった。
投げるボールが凄いとかよりも、投げている人間の体が凄かった。
体だけでなく、顔も凄かった。全然、頑張っているように見えない顔。
朝起きて、ごはんと味噌汁の前に座ったような顔をして、江川はマウンドに立っていた。
その甲子園の時のピッチングフォームが、大学時代、プロ野球時代と、おじさん化していく画像を特集した企画もあった。
それは仕方ない。おじさん化もするだろう。
ストライクゾーンの広さが、高校野球とプロ野球では全然違うから、同じスピードでストライクは投げられないだろう。
さらに高校野球、大学野球の過密スケジュールで、すでに肩は擦り減っていたわけだし。
もちろんプロ野球時でも、「さすが、江川」という場面は何度もあった。
しかしそれは、ストレートのコントロールの素晴らしさや、カーブの切れ味の凄さだった。
だからプロ野球時の江川の動画などで、江川のストレートが一番速いとか、当時のスピードガンの性能はあやしいとか、そういうのには違和感がある。
当時のライバルだった、掛布がいた頃の阪神打線。
YouTubeで掛布や岡田が語っているように、真ん中と思って振ると、高目のボールを空振りしてたというのが江川のボール。
スピードガンで何キロというのは、江川には無関係だ。
高目のストレートは、逆フォークボールとも言うべき、上方への変化球だった。
実際に、初めから高目を狙っていた真弓は、江川のストレートをよく打っていた。
なぜか江川は投げた後、正面から右手の手のひらが見えていた。これは江川に限ったことだと思う。
江川独特の投げ方で、江川にしかない球筋があったのだ。江川の指先からキャッチャーミットまでの、重力に逆らった最短距離の球筋。
スピードガンとは、ちょっと違う。
ところで江川を初めて見た時、当時はセリーグには、堀内・江夏・平松。パリーグには、鈴木・山田・村田といった大エースがいた時代。
間違いなく、当時のエースたち以上の可能性を私たちはイメージした。
しかし、イメージが追い付かなかった。だってあれだけ体が違うし、ボールも軽く投げてるし。
結局、私たちのイメージの焦点が結びつかないまま、江川は9年間の短い現役生活を終える。
江川が活躍した時代、世は「不確実性の時代」だった。
長嶋と王が「高度経済成長期」を象徴する存在で、西武ライオンズの当時の若手選手は「新人類」を象徴する存在だった。
江川はその狭間の「不確実性の時代」の、やはり象徴だったと思う。
何か、常に物足りないと感じながら・・・という時代。
それでも今思えば、江川が登板する試合は特別だった。
それは野球ファンにとっても、対戦するチームにとっても、特別だったと思う。
今日は江川が見れるぞ!



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