輪島~派手好きなのに、相撲にもプロレスにも反骨のイメージがあった

横綱 輪島。

生年月日:昭和23年1月11日。

身長:186cm、体重:132kg。

初土俵:昭和45年1月場所。入幕:昭和46年1月場所。

昭和43年9月場所で引退した学生横綱だった大関豊山は、美男力士で神経質そうでもあったが、輪島は真逆のイメージだった。

ふてぶてしい顔つき、仕切り。相撲も廻しを引けば、強引に攻めた。

輪島が番付を上げていった頃は、学生運動が破綻していった時代でもあった。

無精ひげを生やし、不機嫌そうな表情で背中を丸めた輪島は、何か権力に抵抗する反骨の若者に見えた。

下手投げを得意手とし、左下手を引いて右から絞る相撲の型も、斜に構えた独特なもの。

イメージから、反抗する若者とこじつけてしまう。実際の輪島は、派手好きで社交的だったけど。

知られていることだが、「黄金の左」は右の絞りの強さから生まれた。

だから下手投げも左の強さではなく、腰を支点にした下手投げだった。

ただの下手投げとは、わけが違うから「下手からの芸の力士は大成しない」、というジンクスを破ることが出来たのだろう。

左四つでの、右腕の怪力と腰の強さという体の強さ。

これに対して、右四つの時のがっぷり組んでの相撲では、相撲の巧さを見せつけた。

角界を離れた後、38歳でプロレスラーに転向する。

プロレスファンも大相撲ファンも、歓迎よりも冷ややかという目を向けていた、と思う。

そんな中で、プロレスラーになってからの輪島の練習量は、半端なものではなかったと言われている。

華やかなポジションには行けなかったが、体の強さ、受けの強さを見せつけ、元横綱の意地は見せた輪島。

やはり輪島には、反骨のイメージが似合っていた。

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