双葉山は69連勝だけでなく、相撲道を極めた精神性が別次元の佇まい

双葉山

不滅の記録、69連勝の双葉山。

双葉山を初めて見た時は、すでに引退して20年近く経っていて、相撲協会の理事長をしていた。

小学校低学年生だった私にも、その威厳に満ちた所作や雰囲気に、理事長というだけでない特別な存在感のある人だと分かった。

当時全盛期にあった大鵬とは、比較される存在ではなかった。相撲道を極めた、別次元の力士。

「角聖」常陸山を、「角聖」双葉山と勘違いする人もいるくらい、双葉山は特別な存在だ。

水は一度しかつけないなど、その類の逸話が多い。そういう話を抜きにして、力士双葉山を分析したいと思う。

双葉山は身長179cmで体重122kgとなっているが、私の記憶では長く128kgとなっていたと思う。それならBMIは、40ちょうどだったけど。

同時代の横綱男女ノ川が193cm、横綱武蔵山が185cm、吊りの肥州山が180cm、相模川が189cmで、双葉山よりも大きい力士はこの4人ぐらいだった。

当時の他の力士は170cm台がほとんどで、179cmは横綱として小さい方ではなかった。

体のバランスが胴長でお尻の筋肉が張り、絵に描いたような理想的な力士体型。美しいまでの体型だ。

体型だけでなくその中身が凄く、入門前から船の上で作業していただけに、力士として最も大切なバランス感覚を備え、体幹や足腰も鍛えられていた。

胴長の体型は、後に一番近いのは横綱白鵬と思われる。

下半身の肉の付き方だけなら、横綱玉の海が一番近いと思う。

玉の海も白鵬も、驚異的な柔軟性を見せつけた場面があったが、後ろへの柔軟性は玉の海の方が少し上と思う。

玉の海の柔軟性に、白鵬の懐の深さを合わせ持っていたのが双葉山で、やはり絶後の力士と言うしかないだろう。

四つ相撲になれば腕力ではなく、下半身から背筋、そして肩甲骨から腕までと連動し、体全体の筋肉で廻しを引き付ける感じに見える。

腕力だけでない、体全体の力での引き付け。

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玉錦には、覇権交代後は負けなかった。

2歳年長の横綱武蔵山のケガによる不調と、共に時代を作ったかもしれない沖ツ海の不慮の死。

相四つの右四つで、長身で怪力の武蔵山。ケンカ四つの左四つで、スケールの大きな相撲の沖ツ海。名勝負が残されていただろう。

全盛期の双葉山は、確かにライバル不在だった。しかしだから連勝記録がどうのこうのと言われることは無い、と思う。

やはり双葉山は連勝記録などではなく、相撲道を極めた精神性にこそ、大相撲ファンが求めたところなのだ。

双葉山は、「一日で10分ぐらいなら緊張のうち身を置くことが出来るはずで、そうあるように努力した」と後に語っている。

その集中力の証明の一つに千秋楽に強く、69連勝が始まった昭和11年1月場所から昭和18年5月場所まで8年間、一度も負けることは無かった。(休場した一場所を除く)

土俵上での所作から立合い、そして勝負が決まってから土俵を下りるまでの一連の流れが、潮が満ちて引いていくようで、70連勝ならずの日も、まったく普段と変わらぬ表情と所作だったと伝えられる。

私には、優勝力士に天皇賜杯を渡す時津風理事長の記憶しかないが、悟りの境地に達した佇まいだった。

もし当時SNSがあったとしても、決してイジることも突っ込むことも出来なかった存在。

大鵬が何回優勝回数を伸ばしても、双葉山と比較されることはなかった。

体のサイズが違い過ぎたから、リアルに比較したら「大鵬が強いかも」となって、比較されることは許されなかったのかもしれない。

存命だったら双葉山と覇権を競っていたと思われる沖ツ海は、後の力士で似ていると言えば大鵬であったそうだが・・・。

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