スタン・ハンセンがアンドレ・ザ・ジャイアントとド迫力の名勝負を演じた昭和56年、ハンセン人気は凄かった。
ハンセン入場の際の、ハンセンコールは凄かった。外国人レスラーに対する本格的なコールは、ハンセンが初めてではないかと思う。
その超人気、新日の看板外国人レスラーのハンセンが、年末に全日本プロレスに移籍する。
これは、新日本プロレスファンだった私にとって、非常にショッキングな出来事であった。
前年に猪木を破ってNWF王座を獲得したり、「おきて破りの逆ラリアット」を演じたりと、猪木の最大のライバルとなっていたハンセン。
ちょうどIWGP構想が発表されていたところでの、ハンセンの不参加はIWGPへの期待感を大いにトーンダウンさせた。
そんな切ない気持ちを抱えていた頃、手にした「週刊ファイト」の特集は、来日するハルク・ホーガンのインタビューだった。
昭和57年3月12日に藤波辰爾飛龍十番勝負というビッグマッチを控えて、ホーガンは新しい必殺技が出来たと語っていた。
「ヒジで、相手の顔面あるいはノド元を砕く技だ」と、ホーガン。
「ホーガンハンマーという技だ」
ん?
なんか、ウェスタンラリアットに似てないか?
ホーガンハンマーというネーミングも、なんだかなぁ・・・。
むりやり感が溢れている。それでも、このインタビュー記事は期待感も溢れていた。
当時のホーガンは、ハンセンに次ぐ存在。いよいよ肩を並べようかというところだったが、何せハンセンはスーパースターだったから、なかなか並べなかった。
ハンセンが全日本に去って、どこまでホーガンがランクアップできるのか。
IWGPは、アントニオ猪木、アンドレ・ザ・ジャイアント、ローラン・ボック。これにスタン・ハンセンによって争われると思われていた。
だからホーガンが、アンドレやボックと肩を並べる存在になれば、ハンセン不在から立ち直ることが出来る。
その「週刊ファイト」の記事には、本当にワクワクさせられた。
ただ、ホーガンハンマー・・・。
正直「ハンマー」は、ダサかった。「アックスボンバー」で良かった、本当に良かったと、思ったなぁ。
そして昭和57年3月12日、ハルク・ホーガンVS藤波辰爾。
「アックスボンバー」での勝利から、本格的にホーガンはスーパースターへの階段を上っていくことになる。



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