栃東~上手出し投げの切り味は、大相撲史上トップクラスと言って良い

関脇 栃東。

生年月日:昭和19年9月3日。

身長:177cm、体重:115㎏。

初土俵:昭和35年11月場所。入幕:昭和42年3月場所。

春日野部屋の衣鉢を継ぐ、昭和40年代を代表する技巧派力士。

右からの上手出し投げの切れ味は、これに匹敵する力士をまだ見たことが無い。

特にアゴの締め方と、相手を投げる角度が秀逸だった。

立合いからの速攻もあり、昭和43年9月場所の初日、初顔合わせの横綱大鵬を持ち前の速攻で一気に寄り切った相撲は記憶に残る。

この場所、5場所連続休場していた大鵬の進退が懸かる場所で、初日の完敗は大鵬ファンを青ざめさせた。

大鵬の45連勝が始まったのは、その翌日からのことだ。

運動神経が抜群で、また研究熱心でもあり、「大相撲ダイジェスト」のヘビーな視聴者だった。

力士たちが夜になって遊びに出ても、栃東はスポーツ新聞や「大相撲ダイジェスト」で相撲の研究に余念がなく、ニックネームは「留守番」。

昭和45年1月場所、小結で10勝5敗。3度目の殊勲・技能賞のダブル受賞をしたときは、有力な大関候補となった。

直後に肝炎になり、その後も両ヒザを痛め、大関には届かなかった。

それでも昭和47年1月場所、混戦を制して11勝4敗で優勝を果たした。

横綱玉の海とは、大関玉乃島時代の対戦成績は、栃東が5勝4敗とリードしていた。

大関時代から安定した相撲振りだった玉の海に対して、大健闘していた。

肝炎発症後に連敗し、最終的には栃東の5勝7敗。

そして昭和46年9月場所14日目、玉の海生涯最後の白星も栃東戦であった。

コメント