玉の海は双葉山の再来と呼ばれた本格派、優勝20回は可能だったと思う

横綱玉の海は本格派の右四つの型を持ち、堂々の横綱相撲で昭和の大相撲ファンを歓喜させた。

柔軟で強靭な腰に乗せて高々と吊り上げる、「腰で吊る」吊り出しは、大相撲史上最高の使い手と言って過言ではないだろう。

背筋の強い力士が、相手を一旦真っすぐ上に吊り上げる吊り出しとは違う。

玉の海の吊り出しは、相手を腰に乗せて、根こそぎ持っていくような吊り出しだった。

入幕時は100㎏そこそこの体だったが、頭を付けるような小さな相撲は取らず、廻しに手が掛かれば、下手一本でも吊りを仕掛けるような、荒々しく大きな相撲を取った。

上手廻しも下手廻しも、相手力士の横褌の辺りを引いた、絵に描いたような美しい四つ身だった。

同じく大関候補だった177cmで176㎏の巨漢の若見山に、相四つの右四つで胸を合わせる、がっぷり四つで水入りの相撲を取り、寄り切って勝ったこともあった。

足腰が柔軟で、重心が低く、肩幅が広い、理想的な体。胸の合わせ方が巧く、がっぷりになったら相手力士の体が浮くように見えた。

187cmと、玉の海より10cmも大きい横綱大鵬に対しても、果敢に胸を合わせにいった。

横綱同士となってからは、がっぷり四つの名勝負を見せた。

右四つがっぷりで、玉の海は下手側の右足を前に出して、つまり大鵬に対して上手を近くしているのに、懐の深い大鵬が左上手に届かない場面がある。

昭和46年3月場所などだ。

こういう場面を見ると、如何に玉の海の四つ具合が素晴らしかったかが分かる。

不世出と呼んで良い、と思う。

優勝6回。完成間近だった、本格派四つ相撲。

無理をして出場していた、亡くなる直前場所を除いて、昭和45年9月場所から昭和46年7月場所までの6場所の成績は目を見張るものがある。

14勝1敗で優勝、14勝1敗で優勝、14勝1敗で優勝同点、14勝1敗で優勝、13勝2敗で準優勝、15戦全勝で優勝。

数字だけでなく、負けた相手も特筆される。

横綱大鵬に2敗、横綱北の富士に2敗、大関清國に1敗、大関前の山に1敗。

金星どころか、関脇以下にも星を落としていない。

ライバルの横綱もいる中での、この圧倒的な成績を、安定した四つ相撲の型で積み重ねた。

177cm、134kgという体格のため、玉の海は後年、過小評価されている。

玉の海が存命だったならば、私は年間3回から4回の優勝は可能で、20回以上の優勝回数に達していたと考えている。

27歳での早世が、今でも、そして永遠に惜しまれる。

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